あやつり糸の世界 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督 ロゴ画像

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スタンリー・キューブリック『2001年 宇宙の旅』(1968)、アンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』(1972)、リドリー・スコット『ブレードランナー』(1982)など映画史に輝くSF映画の傑作。その歴史に連なる先鋭的なSF作品が70年代初めに西ドイツで作られていた。そこに描かれたヴァーチャルリアリティーによる多層世界は、『マトリックス』『インセプション』に先駆ける。

監督はニュー・ジャーマン・シネマの鬼才ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。 鏡を多用した画面設計、溢れる電子音と音楽、そして愛と孤独のドラマ……。 ゴダールの異色SF『アルファヴィル』(1965)の主役を演じたエディ・コンスタンティーヌが特別出演していることも注目。 鋭敏な時代感覚と普遍的な主題で社会を挑発し続けたファスビンダーが、「模造の世界」を鮮烈に解き放つ。

Date Information
2016/2/24 中村融さん(SF翻訳家)からご推薦コメントを頂きました!
2016/2/17 ジム・オルークさん(ミュージシャン)からご推薦コメントを頂きました!
2016/2/4 丹生谷貴志さん(文芸評論家)、石井岳龍監督(映画監督)からご推薦コメントを頂きました!
2016/1/30 渋谷哲也さん(ドイツ映画研究)、中原昌也さん(ミュージシャン/作家)、中条省平さん(映画評論家/フランス文学)からご推薦コメントを頂きました!
2016/1/30 公式サイト、オープン!

コメント

  • 鏡と鏡がイメージを映しあう無限の迷宮。その模造の世界を滑るがごとく移動しつづけるカメラ。そこにディートリッヒがふらりと現われるような、妖しく頽廃的なメロドラマ。こんな映画はファスビンダー以外に不可能だ。

    中条省平(映画評論家/フランス文学)

  • 知られざる本格SF作品まで我らのファスビンダー監督は撮っていたのか!多重構造の模造世界の出口なき迷路の果てが、厳格に華麗な映画密度で描かれる3時間32分の堪能。酔い、唸り、冴えた、またしても傑作!

    石井岳龍(映画監督)

  • 奇怪な陰謀、歪んだ世界、スタイリッシュな未来社会、恐怖の幻想殺人、電子的迷宮空間…刺激的SF要素のすべてを、ファスビンダー流ノワールに調理!一瞬も気が抜けない究極のエンターテイメント作品。こんなのキューブリックには撮れまい。クローネンバーグも影響されたはず…。

    中原昌也(ミュージシャン/作家)

  • 長すぎる? 第二部60 分目に現れる不思議な少年の登場を待ちたまえ! その時を境にフィルム全体が鏡像夢幻として一挙に燃え立つのだ。以降貴方はただ陶然とするしかないだろう。この長さは「映画」の燃え立ちとなるためにR.W.Fが必要とした最短の時間だったことを思い知るのだ!

    丹生谷貴志(文芸評論家)

  • ファースビンダー監督の電気的なSF大作がついに日本で見る事が出来る!
    彼の全作品の中でもこの特異な名画は目立っている。
    ファースビンダーの作品をわかったと思っても、WOAWを見たら、彼の作り手としての可能性が驚天動地のスケールだとわかるだろう。

    ジム・オルーク(ミュージシャン)

  • 見慣れたものが見慣れぬものに変わるとき、人はある疑問にとらわれる。狂っているのは自分なのか、それとも世界なのか、と。この哲学的な問いを極上のSFサスペンスに仕立てたのが本作だ。その先見の明には驚かされる。

    中村融(SF翻訳家/原作小説『模造世界』翻訳)

  • 〈現実世界〉とは一体どの世界を指すのだろう。人は主観で世の中を眺め、一方で自身の判断や思想ですら誰かに吹きこまれたものかもしれない。そんな世界に愛や信頼は存在するのか。でもどんなプログラムにもゴーストは宿るものだ、たとえそれが幻想であったとしても。そこにファスビンダーの希望が見える。

    渋谷哲也(ドイツ映画研究)

  • これは思想的でアクション豊富なSFではなく、むしろ濃密な映像と想像力で現在のドイツではファスビンダー以外には生み出しえない見事にプロフェッショナルな構成を持ったエレジーだ。

    ヴォルフ・ドナー
    「ディー・ツァイト」紙
    1973年10月19日
  • 奇妙なことだ。『あやつり糸の世界』という題名を知るものは多い。その監督がライナー・ヴェルナー・ファスビンダーであることも知られている。ところがこの映画が見られることはほとんどない。映画館で上映されたこともない。近年は再放送されることもない。これはちょっとしたスキャンダルではないか。おそらく『あやつり糸の世界』はフリッツ・ラングの『メトロポリス』と並んでドイツで撮られた最高のSF映画なのだから。

    ティム・シュライダー
    「シュトゥットガルト新聞」
    2007年6月9日
  • 鬼才ファスビンダーが手がけた唯一のSFは、ジャンル通の中では『マトリックス』3部作の原型である見なされている。だがCGIを多用したウォシャウスキ―兄弟のディストピア映画とは異なり、『あやつり糸の世界』はアクションを盛り込みながら情報化時代における個人と社会のパラノイアの本質について深く考察した作品である。しかもその情報化時代がまだ本格的に始まる以前に製作された作品なのだ。

    トルステン・デルティング
    「シュピーゲル・オンライン」
    2010年2月12日
  • 『あやつり糸の世界』の舞台は現存する場所ではない。その場所は現在にも過去にも未来にも存在したことがない。『あやつり糸の世界』は人工世界の架空の時代で展開する。これはフィクションであり、仮説であり、さらなる議論のための見取り図だ。それ以上ではない。それ以下でもない。

    ファスビンダーのシノプシス(1973)より

70年代初頭に西ドイツで作られた、幻のSF映画

37年の生涯に40本を超える映像作品を遺したライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。 彼が手がけたジャンルは、フィルム・ノワール、西部劇、メロドラマ、歴史劇、文芸映画、ドキュメンタリー風ドラマ、社会問題映画、連続テレビドラマ、テレビショー、舞台劇の映像化などその幅は驚くほど広い。 しかもどの作品にもファスビンダー独自のテーマとスタイルを強烈に刻印している。

そんなファスビンダーが発表した唯一のSF映画が『あやつり糸の世界』である。 ゴダールの『アルファヴィル』(1965)、トリュフォーの『華氏451』(1966)、キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)、タルコフスキーの『惑星ソラリス』(1972)といった作家主義的SF映画の系譜に連なる作品として『あやつり糸の世界』が位置づけられる。 だがテレビ映画として16㎜フィルムで撮影された『あやつり糸の世界』は劇場用35㎜プリントも作成されず、数度テレビ放映されただけだった。 またファスビンダー自身も本作についてほとんど語らなかったため重要作と見なされることもなく、結局彼の膨大なフィルモグラフィーの中で埋もれた一本となった。 その意味で今回のデジタルニューマスター版が作成されたことにより『あやつり糸の世界』は初めて劇場公開されることになる。

ファスビンダー meets サイエンス・フィクション

なぜファスビンダーはSFというユニークな題材に取り組んだのか、『あやつり糸の世界』の製作事情は気になるところである。

70年代初めの『四季を売る男』で知名度を上げたファスビンダーは、西部ドイツ放送(WDR)で労働者一家を主役にしたテレビドラマ『8時間は1日にあらず』を監督することになった。 当時は映画監督がテレビドラマの仕事をする習慣はなく、ファスビンダーの抜擢は優れた若い才能を発掘しようというテレビ局側の英断であった。 結果このドラマは賛否両論を巻き起こしながらも高視聴率を上げたが、第5話まで製作された時点で急に番組打ち切りが決まってしまう。 労働者の現実を美化したとして左翼批評家の非難が集まっただけでなく、テレビ局側もシナリオに満足しなかったなど様々な事情があったようだ。 その埋め合わせとして『あやつり糸の世界』映画化案がWDRからファスビンダーに提示されたのだった。

彼はこの委嘱作品によって自分がメジャーに通用する監督であることを皆に示そうとした。 特殊撮影や大掛かりなセットを用いることもなく、鏡や影を多用した撮影、俳優の人工的な演技、規制楽曲のユニークな使用などで異世界の感覚を生み出すことに成功している。

『マトリックス』より26年も早い!
「ヴァーチャル世界」を描いた画期的作品!

コンピューター制御による世界というテーマは後の『マトリックス』を先取りするものだが、ダニエル・F・ガロイの原作小説『模造世界』に忠実に従ったこの映画化は現実とヴァーチャル世界の関係性についてずっと先鋭化された構造を提示している。

実はこれは世界と人間の本質についてずっと哲学的に探求された主題でもある。 すなわち我々が現実だと思っている世界が実は上位の世界によってあやつられた仮構の現実に過ぎないのではないかという思考であり、それは管理された世界からの解放への希望を人々に呼び覚ます。

それは『トゥルーマン・ショー』(1998)のようにテレビショーの演出された現実からの離脱であり、『ブレードランナー』(1982)のように人間とレプリカントの違いが次第に意味を失ってゆく世界に歩み出す行為として、幾度も映画の中で展開されてきた。 だがファスビンダーの描き出すメタ世界は巨大な仕掛けを必要としない。

ファスビンダーにとってどの世界も全て荒野であり、人と人の関係はいつも絶望に満ちていながらどこか希望の光を宿している。 おそらく『あやつり糸の世界』最大の仕掛けは、我々がヴァーチャルリアリティーという舞台装置によって空想世界を体験しているはずが、そこに他ならぬ現実の我々の姿を発見してしまうことにある。 それは終わることのない悪夢から醒める悪夢の連鎖によく似ている。

物語

サイバネティック未来予測研究所ではスーパーコンピューター<シミュラクロン1>がフォルマー教授によって開発されていた。それは電子空間に仮構の人工的世界を作り上げ、それを元に政治・経済・社会についての厳密な未来予測を行なうことができた。この人工的世界には人間そっくりの個体が生活していた。ただ上部世界との連絡個体だけはこの世界が単なる仮想現実であることを知っていた。

ある日、<シミュラクロン1>の開発者フォルマー教授が謎めいた状況で死んでいるのが発見され、公的には自殺と説明された。フォルマーは死の直前に研究所の同僚ラウゼに対して重大な発見をしたと伝えていた。研究所のワンマン所長ジスキンスはフォルマーの後任にフレッド・シュティラーを任命する。だがジスキンスのパーティー会場で保安課長ラウゼがシュティラーを呼び止めてフォルマーの最期の様子を伝えようとした次の瞬間、ラウゼは忽然と姿を消してしまう。シュティラーはラウゼ失踪を警察に届け、捜査を依頼するが何の手がかりも得られない。それどころかラウゼの存在は皆の記憶から消えてしまい、研究所の所員データベースにもラウゼの名前はなかった。死んだフォルマーの娘エヴァも自分の叔父に当たるはずのラウゼのことを知らないと告げる。シュティラーの見たものは幻だったのだろうか……。

監督紹介

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
RAINER WERNER FASSBINDER
(1945-1982)

1945年5月31日、南ドイツのバート・ヴェーリスホーフェンに生まれる。高校卒業前に退学し俳優の勉強を始め、この時期ベルリンに新設されたドイツ映画テレビアカデミーの入学試験を受けるが合格しなかった。その頃に数本の短編映画を作っている。67年より劇団「アクション・テアター」に所属。68年には仲間と共に劇団「アンチテアター」を設立し、俳優・演出・作家として活躍した。同時にこのメンバーによる挑発的かつ実験的な長編映画制作が始まる。とりわけ長編第2作『出稼ぎ野郎』は外国人労働者をテーマにして大きな反響を呼んだ。

1971年アンチテアター解散の年、ファスビンダーはダグラス・サークのメロドラマ映画に感銘を受ける。彼は芸術的に様式化されしかも大衆に受ける映画を作ろうと志し、『四季を売る男』等の代表作を生みだした。1978年『マリア・ブラウンの結婚』の成功により新しいドイツ映画をリードする存在として幅広く認められるようになった。そして79年には念願の企画である『ベルリン・アレクサンダー広場』映画化を実現する。その後『リリー・マルレーン』など国際的スターが共演する大作映画を撮り上げる。

ファスビンダーの映画は女性の抑圧、同性愛、ユダヤ人差別、テロリズムなどスキャンダラスなテーマが多い。それゆえドイツ国内では常に激しい論議を巻き起こしてきた。だがそうした厄介なテーマを提示しつつも、観客を飽きさせない娯楽映画の方法論を守り続けた。彼は戦後ドイツにおいて映画産業の外部での活動に徹しながら、元来対抗文化であった「新しいドイツ映画」をメインストリームに押し上げた貴重な存在なのである。だが1982年6月10日に急死、それとともにニュー・ジャーマン・シネマの一時代は終りを告げた。

キャスト・スタッフ

出演

  • クラウス・レーヴィチュ Klaus Löwitsch : フレッド・シュティラー博士
  • カール=ハインツ・フォスゲラウ Karl-Heinz Vosgerau : ヘルベルト・ジスキンス所長
  • アドリアン・ホーフェン Adrian Hooven : ヘンリー・フォルマー教授
  • イヴァン・デスニー Ivan Desny : ギュンター・ラウゼ
  • バーバラ・ヴァレンティン Barbara Valentin : グロリア・フロム
  • ギュンター・ランプレヒト Günter Lamprecht : フリッツ・ヴァルファング
  • ヴォルガング・シェンク Wolfgang Schenck : フランツ・ハーン
  • マーギット・カーステンゼン Margit Carstensen : マヤ・シュミット=ゲントナー
  • ウリ・ロメル Ulli Lommel : 記者ルップ
  • ヨアヒム・ハンゼン Joachim Hansen : ハンス・エーデルケルン
  • クルト・ラーブ Kurt Raab : マーク・ホルム
  • ゴットフリート・ヨーン Gottfried John : アインシュタイン
  • ヘル・エディ・ベン・サレム El Hedi ben Salem : ボディーガード1

特別出演

  • イングリット・カーフェン Ingrid Caven : 編集部秘書ウッシ
  • エディ・コンスタンティーヌ Eddie Constantine : 車中の男
  • クリスティーネ・カウフマン Christine Kaufmann : パーティー客
  • ヴェルナー・シュレーター Werner Schroeter : パーティー客
  • マグダレーナ・モンテヅマ Magdalena Montezuma : パーティー客
  • カトリン・シャーケ Katrin Schaake : 転移室スタッフ
  • ルドルフ・ヴァルデマル・ブレム Rudolf Waldemar Brem : 病院スタッフ
  • ペーター・カーン Peter Kern : 介護人1
  • ソランジュ・プラーデル Solange Pradel : マレーネ・ディートリヒ演者

スタッフ

  • 監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー Rainer Werner Fassbinder
  • 脚本:フリッツ・ミュラー=シェルツ Fritz Müller-Scherz、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー Rainer Werner Fassbinder
  • ダニエル・F・ガロイの小説『模造世界(原題:シミュラクロン3)』に基づく Daniel F. Galouye "Simulacron-3"
  • 音楽:ゴットフリート・ヒュングスベルク Gottfried Hüngsberg、既成曲
  • 撮影:ミヒャエル・バルハウス Michael Ballhaus
  • 美術:クルト・ラープ Kurt Raab
  • 衣装:ガブリエレ・ピロン Gabriele Pillon
  • 助監督:レナーテ・ライファー Renate Leiffer、フリッツ・ミュラー=シェルツ Fritz Müller-Scherz
  • 編集:マリー・アンネ・ゲアハルト Marie Anne Gerhardt
  • 製作:ペーター・メルテスハイマー Peter Märthesheimer、アレクサンダー・ヴェーゼマン Alexander Wesemann
  • オリジナル製作:西部ドイツ放送 Westdeutscher Rundfunk (WDR)
  • 製作年:1973年
  • 原題: Welt Am Draht
  • 製作国:西ドイツ
  • 本編尺: 第1部105分 第2部107分
  • 撮影: 16mm
  • 上映:デジタル
  • 日本語字幕:渋谷哲也
  • 配給:アイ・ヴィー・シー / 配給協力:ノーム / 宣伝:スリーピン