ベルリン・アレクサンダー広場

西ドイツ・イタリア

1979〜80年

覚えておけ―誓いは切断可能!
めっぽう面白い。映画、海外ドラマ、歴史、文学、音楽…。一度には捉えきれない魅力が詰まった作品、『ベルリン・アレクサンダー広場』。ぜひ見ていただきたいです。

東京、京都、札幌、大阪、神戸で上映、東京ではアンコール上映と15時間連続のオールナイト上映を実施できました。東京初日の立ち見満員完売の様子を見たときは超感動しつつ、ああ、これから皆さん見続けなくてはいけないのだ、これは罪なことをしたなとも思いました。オールナイトに多くの方が集まって下さった時も同じような感慨があり、とにかく全国の劇場に足を運んで下さった皆さん、BOXを買っていただいた皆さん一人一人に握手をして感謝を伝えたい、本当にそんな気持ちです。ありがとうございます!皆さん!

「『ベルリン・アレクサンダー広場』をやる」と決めたのは去年の夏です。ニュー・ジャーマン・シネマの鬼才ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの集大成的作品で、全14話15時間に及ぶ伝説的なテレビ映画…といっても正直言ってマイナーだし、一つの作品としてみれば大変な長大な作品。社内の企画会議でもなかなか理解が得られるわけがないままに(今でも得られてない気が!)、これは必ず今やるべき!という気合で何とか決められたのでした。ほんとに気合としか言いようがない、なんで実現出来たのかいまだに不思議な気もします。

2002年に字幕付きで公開されたときの衝撃が忘れられず、ドイツでリマスターされたことを知って以来、もう一度劇場で見たい、BOXで発売されて欲しい、という思いが募り、IVCに入社したときに「上映、発売、放映…やろう」という気持ちになりました。しばらくして震災があって原発の煙を見たときにふとなぜだか「あ、絶対やろう」という誓いを胸に抱いていました。まさか実現できるとは…。「誓い」といったのは大げさでしょう。強く抱いた願望が実現する、とは決して思いませんし、誓っていたわけではなく、ただぼんやり思い描いていたのだろう、と考えます。いや、何かあの時誓っていたのか…。時流が来ていた、ような気がしていました(デーブリーンの原作小説の復刊は勇気づけられました。「誓い」のような心情を持つ大きなきっかけでした)。…現実味を捉えきれずよくわからないままに…、…「誓いは切断可能」…、とにかく上映と発売が出来た、ありがとうございます!皆様!

ともかく昨年末から今年にかけてファスビンダー関係は充実したように見えました。「ファスビンダーと美しきヒロインたち」と題しての『ローラ』『マルタ』『マリア・ブラウンの結婚』の全国上映、SFテレビ映画『あやつり糸の世界』の東京ドイツ文化センターなどでの上映、書籍「ファスビンダー、ファスビンダーを語る」(boid)の第一巻(全3巻予定)が翻訳出版され、6月には劇団「札幌座Pit」が戯曲「ブレーメンの自由」を、10月には東京の新宿紀伊國屋ホールで演劇グループ「SWANNY」によって戯曲「ゴミ、都市そして死」が上演されます。そんなムードの中で『アレクサンダー広場』も上演、リリースできました。この展開、流れ止めたくないですね。止まったとしてもまた流したいですね。まだまだ『ベルリン・アレクサンダー広場』をいろんな人に体験してもらう機会をうかがいつつ。また、ファスビンダーの作品やりたいなぁ。そんな流れになってほしいなぁ。

担当M

鬼火

フランス

1963年

断酒
こんばんは、ヤマダです。 ルイ・マル監督つながりで今回は『鬼火』(1963年、フランス)をご紹介します。前回ご紹介した『恋人たち』から約5年、監督31歳、主人公のアランと同い年です。

本当に落ち込んだ時はもっと絶望している人が出ている映画を見たほうがいいというのは、わたしの大好きなゼミの先生が教えてくれました。失恋や就職活動で常に落ち込みがちだった大学生活後半、わたしの生活は無数の暗い映画たちに彩られました。

そんな当時の暗い映画フリークのわたしに、ゼミの友人K君が勧めてくれたのが『鬼火』でした。K君は、当時とにかく生き急いでいました。当時の彼を一言で表すとしたら「退廃」とか「破滅」とかがよく似合ったと思います。彼は美容院に行くお金がないと言い、いつも長く伸びた髪を神経質そうに触っていました。

ブラックコーヒー片手に、手巻きのタバコを残り2ミリくらいになるまで無心に吸っている、痩せたロン毛の彼の姿は、若くして破滅に向かう天才小説家というか、なんというか「夭折」という印象で、残酷さすら感じられました。そんな彼の勧めてくれた『鬼火』を観てみて、「なるほど、鬼火か――。」と思ったものでした。そんな彼もいまは元気に、大学院で文学を勉強しています。  

さて『鬼火』ですが、ストーリーは、アルコール依存症治療をしていた鬱状態のアランという男が7月23日に自殺をしようと思っており、その自殺するまでの48時間を追いかけたドラマです。登場人物がいちいち気になるくらいオシャレです。  

アランは死ぬまでにこれまで交流のあった色々な人を訪ねるのですが、みんなアランが死ぬのをなんとなくわかっているようで、陰であの人はもうだめだなどと言ったり、諦めた表情をしたりします。主人公アランの、自分はもっと愛されるべきだというような鬱屈とした気持ちが、映画のなんとも言えない暗い雰囲気を通して伝わってきます。  

君たちが僕を愛さず、僕も君たちを愛することができなかった、だから死にます。というような極端で自己中心的な考え方。素敵な奥さんも美人の愛人も、たくさんの友人もいるように見えるアランがどうしてそこまで寂しさに追い詰められたのか、お酒は怖いものだなあ、としみじみ感じたのでした。そしてふと、わたしは果たして大丈夫だろうか、と思い現在の断酒に至るのです。  

『鬼火』Blu-rayは、今月14日にお求めやすい価格で再登場します。 また、こちらの作品もショップのページで上原徹さんが書いた素敵な解説が読めます。是非飛んでみてくださいね。

恋人たち

フランス

1958年

フランス人になりたい
こんばんは、ヤマダです。フランスにあこがれています。大学ではフランス語を学ぶ機会があったのに、単位を取りやすいという誘惑に負けて中国語を選択しました。フランスに憧れてインテリアなんかも凝ったりしたものの、畳なのでなかなか雰囲気が出ませんでした。

昔、母に連れられてパリに行ったことがありました。着いてすぐに食あたりを起こして1週間ホテルのベッドで寝ていたので「フランスは水が悪い。あと、フランスでもセーラームーンを放送している。」というイメージしかありませんでした。しかしそんなわたしがフランスに憧れるきっかけになったのは、大学生のときに本屋さんで「パリジェンヌのオシャレな生活」なる本を読んでからです。

パリへの憧れといえば、『恋人たち』を思います。ルイ・マル監督、原作は18世紀の作家バロン・ド・ドノンの“ポワン・ド・ランドン”。バロンドドノンノポワンドランドン……。そしてブラームスの弦楽六重奏曲第1番が流れます。

ジャンヌ・モロー演じるジャンヌは地方新聞の社長夫人なのですが、退屈な毎日の息抜きに月に2度も友人の住むパリを訪れます。「田舎はダメで、パリには何でもある」というのは、私が「実家はダメ、東京は何でもある。」と言って上京したのと彷彿とさせ、オシャレの国・フランスでもこんなバカみたいなことが起こるのだなあ、と呆然としてしまいました。もちろん私からするとジャンヌの生活する森の中のお城のような家は憧れですし、東京よりもかっこいいし住みたいと心からおもいます。

監督のルイ・マルはこの映画を撮った当時26歳、私と同い年です。そしてこの時、ジャンヌ・モローはルイ・マルの恋人だったそうです。ジャンヌ・モローが30歳、ルイ・マルが26歳。素敵です。ジャンヌ・モローが、庭で、ベッドで、愛を囁くシーンではあまりに幸せそうな彼女にうっとりしてしまって、しばらく頭が仕事に戻れなくなりました。  

最上の幸福を味わったすぐ後に「最初の夜の幸せは二度とないかもしれない」などと言うジャンヌが一体最終的に何を求めているのか、私にはさっぱりわかりませんでした。とにかく「あれをしたら、あそこに行ったら幸せになれるかもしれない。」などと思うのは危険であって、私が東京に出てきたのは本当に正しかったのか、いや、人生に正しいなどないのだ、などと思いました。  

『恋人たち』はBlu-rayとDVDが両方発売中です。ショップでは上原徹さんが書いた素敵な解説が読めますので、是非ショップのページに飛んでみてくださいね。