最後の人
  • 原題:DER LETZTE MANN
  • 監督:F・W・ムルナウ
  • 脚本:カール・マイヤー
  • キャスト:エミール・ヤニングス/マリー・デルシャフト

  • 製作年:1924年
  • 製作国:ドイツ
  • 『最後の人』、これは、見事な見事なじっくりじっくり本当に身に沁み込んで観る名作でしたね。

    で、フランク・ムルナウが監督しているんです。ムルナウは映画詩人です。見事な映画を作る人です。その監督のエミール・ヤニングス主演の作品です。エミール・ヤニングスは、ドイツで有名な有名な俳優ですね。で、アメリカにも呼ばれましたね。で、このエミール・ヤニングスは『嘆きの天使』から、ずーと皆さんご覧になっていると思いますけど、本当のドイツきっての名優でした。

    ドイツきっての名優だけに、戦争でこの人は消されました。そうして戦争が済んだ後には、どっかに消えて亡くなった可哀想な名優でした。エミール・ヤニングスは、パラマウント映画にも出ました。この人の『最後の人』、これが又良いんですね。
    どんな話か、皆さんご覧になったら「あー」っと思われるでしょう。ポーター、大きなホテルのドアボーイですね。そうして車が着きますね。車呼びますね。ピリピリーと笛吹いて、車呼びますね。そして、「旦那さん、車が参りました。」そういう役ですね。ホテルのボーイですね。ドアボーイですね。そうして、皆を乗せたり、迎えたりしますね。そのボーイがお爺さん、少しお爺さん、それが金モールの軍服みたいなの着ているんですね。ピカピカした、房付けた。そうして、それを自分で喜んでいるんですね。で、ピリピリーっと笛吹いて、タクシーが来たら、「ハイ、旦那様、車が参りました。」それは嬉しいんですね。皆乗せるでしょ、それが嬉しくてしょうが無いんですね。なんか、チップもらうんですね。それがある時、車が来た時、「どうぞ、いらっしゃい、いらっしゃい」って荷物持って中に入る時に、額から汗が出たんですね。たら、支配人が見たんですね。「もう、あいつは年寄りだから、これはもう無理だ。」と思ったんですね。この役は。
    で、荷物持って入るのは無理だな、と思って、「おい、おまえ、おいで」と言ってそうして、役を変えたんですね。今度の役は便所の掃除人になったんですね。金モールのこの、綺麗な綺麗な軍服みたいな金モールの着物は取られちゃって、今度は白い作業服になったんですね。そうして、床を拭いている時に泣きそうになったんですね。「俺はな、もうこんな事するのか、年取ったら、こんな役かな。」と思ってがっかりするんですね。
    そのヤニングスがいいですね。金モールを本当に愛していた、ヤニングスの名、名演技がすごいんですね。ところが、自分の娘が結婚する、さあ、結婚する時に、自分が行く時に、こんな作業服ではとっても行けない。あの、前の金モールの制服で行きたい、行きたい。それで、盗んで結婚式に行くんですね。そういう、ポーターのホテルのボーイさんの哀しい年取った男の話ですね。けれども、なんとも悲惨な、軍服の様な金モールの制服を着た男が、今度は床を掃除している。その姿が可哀想なんですね。

    そういう意味で、この映画は面白い言うより、哀しいんですけど、何しろ、この男が最後に、やっぱり元の作業服きたあの掃除人にかえっていくんですね。で、映画はそれで、終わるんです。これでは、あんまり可哀想だ。あんまりだ。と言うので、この映画のラストシーンは実は2種類作ったんですね。ひとつはもうそれで、無き別れ、無き終わり、いかにも辛い。で、もう1つはアメリカの知り合いの所から、遺産が流れ込んできて、このお爺さんは、たくさんのお金もらったんですね。それで、今度改めて、今度は立派な立派な車に乗って、そのホテルの前をずっと豪華な馬車ですか、車で通っていくところで終わるんですね。2つのシーンを入れなくちゃこの映画のラストシーンんは終われない。あの残酷な床拭いているだけでは、あんまり可哀想だ。ってのが評判になったんですね。その位、エミール・ヤニングスのこの演技はすごかったんですね。

    で、エミール・ヤニングスの『最後の人』これはやっぱりこの俳優の最高の名作ですね。で、私はその最後2つ観ました。どちらも好きでした。どちらも好きでしたけど、やっぱり救われないで、床を拭いている所で終わる所が、やっぱりこわかったですね。 ていうなことで、この映画はドイツの本当の見事な作品ですね。ムルナウという映画詩人が作った、本当の映画の詩ですね。哀しい哀しい老人の詩ですね。

    【解説:淀川長治】