• 原題:LA STRADA
  • 監督:フェデリコ・フェリーニ
  • 脚本:フェデリコ・フェリーニ/エンニオ・フライアーノ/トゥリオ・ピネッリ
  • キャスト:ジュリエッタ・マシーナ/アンソニー・クイン

  • 製作年:1954年
  • 製作国:イタリア
  • 私の本当に愛した映画、フェリーニの『道』、この話しましょうね。

    『LA STRADA』これはイタリア映画のとても代表的な作品ですね。で、日本でイタリア映画祭で、まず戦争が済んだ後でこれが入ってきました。で、みんなは『道』とは何もわからない。何だろうと思って観に行きました。この映画観てびっくりしたんですね。こんな静かなこんな怖いこんな映画か。絢爛と華やかな映画では無くてこんな映画かと思ってびっくりしたのが『道』でしたね。

    『道』が戦争後日本で一番最初のイタリア映画でしたね。という訳で、この映画はフェリーニの代表作品ですけど、人間の作品として人間というものを映画にしてこれほど立派な物ありませんでしたね。ジェルソミーナ、ザンパノ、この面白さ、どう言っていいのか。ジェルソミーナ、この女の子はちょっと頭が変なんですね。で、お姉さんが売られてザンパノ言う人に売られたんだけれどお姉さんが死んだので今度その妹のジェルソミーナがザンパノに仕える事になったんですね。お金で買われて。ジェルソミーナはお金で買われているから何でも言う通りに言う通りに言う通りに、やらねばならないと思っていたんですね。そのジェルソミーナが初めて家から出る時にじっと海を見たんですね。海をじっと。海を見たんですね。ちょっと変な女の子です。それからやがてザンパノの、どういったらいいのかしら、嫁さんだね、身代わり嫁さんになってついて行くんだけども、そのザンパノは道で女が出来たらその移動する馬車からジェルソミーナを放り出して「おまえ、外で寝ろ!」といって、中でザンパノは女と寝るんですね。そういう時でもジェルソミーナは怒るどころか、それが当たり前だ思ってじっと待っている時に、その目の前に薪を燃やすんですね。一番最初、海をじーっと見ていたジェルソミーナが今度じーっと薪見るんですね。この子は水と火が好きなんですね。本当の原種の子なんですね。そうしてこの二人のジェルソミーナとザンパノのこの旅が続くんですね。

    で、もうジェルソミーナは何でも何でも言う事を聞くんですね。で、ザンパノのやってる力の仕事、力持ちの仕事の助手になってつまり巡演するんですね。ところがそのジェルソミーナ何をやっても怒られるんですね。ある日町にサーカスが来たんですね。

    それを馬鹿な顔して見てたんですね。そうしてその綱渡りの男が降りて来た時に羽つけているんですね、その綱渡りの男が。「あたいね、主人いるんだけどね、いつも馬鹿にされて何の役にも立たないの。あたいはね、本当に役に立たないな。」と言った時にその綱渡りの男が背中に羽つけているんですね。それがね「誰だって誰だって役にたつんだよ。」傍の石ころ取ってきて「この石ころだって役に立つんだよ。」そうして自分の持っているラッパでジェルソミーナに歌を教えたんですね。メロディを。それでジェルソミーナは喜んでそのラッパを吹いたんです。

    この綱渡りの男がキ印いう名前なんですね。ちょっといかれている男と言う名前なんです。けれども考えたらザンパノ男でジェルソミーナ女でこのキ印いうのは神さんなんですね。そういう訳でこのジェルソミーナはその教えられた歌をいっつも歌うんですね。で、ザンパノ馬鹿野郎と言ってるんですね。ザンパノが悪い事ばっかりする。それをジェルソミーナが止める、止める、止めてもザンパノは悪い事するんですね。そういううちにだんだんだんだんジェルソミーナが弱ってくるんですね、身体が。ザンパノは「こんなもう女は俺、邪魔だ!」って置きっぱなしで行ったんですね。

    そうしてジェルソミーナは死んじゃったんですね。それから、何年か経った。何年か経って初めてザンパノはジェルソミーナはどんなに自分に役に立ったかわかってきて、ジェルソミーナは死んだのか、あいつ死んだのかと思って或る時、港の海辺行った時にジェルソミーナの歌が聞こえたんですね。「あっ、生きてたか、生きてたか。」思ってその村の洗濯している女に聞いたんですね。「あの歌やってる女居ますか?」「ああ、あの歌か、女のね、物もらいが歌ってたけど野たれ死にして死んだよ。あれは誰か違う人が歌っているんだよ。」それでザンパノは死んだのか、死んだのかと言って海岸の海辺行って砂に両手を突っ込んでジェルソミーナ、ジェルソミーナと言って泣く所で終わるんですけど。

    これに男のわがまま、女の忠実、そうして人間の本当の男と女のオリジナル。これが出てこの『道』は凄い映画でしたね。

    【解説:淀川長治】