戦艦ポチョムキン
  • 原題:BRONENOSETS POTYOMKIN
  • 監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン
  • 脚本:
  • キャスト:アレクサンドル・アントーノフ/ウラジーミル・バルスキー/グリゴーリ・アレクサンドロフ

  • 製作年:1925年
  • 製作国:ソ連
  • 『戦艦ポチョムキン』、おもしろい題名ね。
    ポチョムキン、これロシアの映画。
    セルゲ・エイゼンシュテイン。映画の歴史で一、二、三の中に入る有名な監督ですね。

    私はみなさんからよくアンケート、頼まれるんですね。
    「淀川さんが生まれてから今日までで一番良かった映画は何ですか。」
    私はたちまち、その場でチャップリンの『黄金狂時代』、それを言うんですね。
    で、これと同格に『戦艦ポチョムキン』言うんですね。

    そうですか、ヒッチコックだとかいろんなのあるのに、淀川さん、ジョン・フォードもあるのにポチョムキンですか、と問われますけど、やっぱり映画の本当の魂持ってたのは『戦艦ポチョムキン』ですね。

    どうしてそんなに良かったのか、それはセルゲイ・エイゼンシュテインいう人が、本当に映画いうのを知ってたんですね。
    この人は『戦艦ポチョムキン』の前に、『ストライキ』いうのつくったんですね。
    第一回作品、私幸いにもその『ストライキ』観たんですね。
    それ観た時にエイゼンシュテインがこんな人かいう事が一遍にわかったんですね。

    エイゼンシュテインが難しい、難しい人だ思って論文がいろいろありますけれども、その論文以外に、私は生にその第一回作品の『ストライキ』観た時にびっくりしたんですね。
    大きな工場、どんどん、どんどん機械が回ってますね、どんどん働いてますね。
    ところがその連中がストライキしたんですね。次のカットでは全部止まっちゃったんですね、工場のベルトコンベアーも何もかも、全部止まっちゃったんですね。

    あの時のね、静かになった怖さ、びっくりですね。
    そこを猫がすーっと一匹走ったんですね。それだけだけど、工場の静かになったところがすごくって、それと同時に交代、交代、交代のキャメラで家庭が写ったんですね。
    家庭がごはんが食べられなくて、おかあさんが台所で泣いてる場面が出てきたりするんですね。

    そういうストライキのそういう前後の場面が、まるでレビューと言ったらおかしいですけど、本当に映画の流れですね、タンタンタンタンタン、もう見事に息つくぐらいに奇麗にながれるんですね。

    そうか、エイゼンシュテインはこんなにキャメラを奇麗に動かすのか。
    まるでダンス、映画のキャメラのダンスだな。
    そういうふうに『ストライキ』観てびっくりしたんですけど、その人が次につくったのが『戦艦ポチョムキン』ですね。

    さあ、これが凄いんだ。映画で始めて兵隊のストライキいうものを見せたんですね。世界中でなかった事ですね。そういうものをこの監督は、あえてつくったんですね。

    『戦艦ポチョムキン』いう船があったんですね、戦艦ですね。そのご飯があんまりにもひどいんですね。
    で、みんながあんまりひどい、スープにの中にウジがいるんですね、あんまリだと台所へみんなで押しかけて行ったら、まあ、パンにも肉にもウジがいっぱいついてるんですね。
    「こんなもの食わすのか、あんまりだ!」いうのでみんながストライキしたんですね、大騒ぎだね。

    戦艦ポチョムキンそれで大騒ぎになって、みんながもう、「陸へ上がるぞ、こんな船に乗ってたらだめだ!」いう事になってポチョムキンの上で「バーン」、大砲を撃ったんですね。
    さあ、それでその街、オデッサの街がびっくりしたんですね。
    びっくりして、「えらい事になってきたぞ、戦争かもわかんないぞ。」言って、みんなが街から逃げたんですね。
    でも逃げるとこないんですね。港街オデッサの大きな石の階段がずーっとある所を、もうみんな群衆がなだれ落ちて来るんですね、怖がって、怖がって、怖がって。

    おかあさんが子供を乳母車に乗せて走って来たとこ、乳母車の手が離れるんですね。乳母車の中に子供いるんですよ。「おぎゃあ、おぎゃあ」言ってる子供、群衆と一緒にタッタッタッタッターンと階段を落ちて行くんですね。
    あのあたり、このポチョムキンの監督ですね。エイゼンシュテイン監督の凄さにびっくり。
    後にこの階段は、どれだけパロディーで使われたかわかりませんね。
    エイゼンシュテインは本当に映画、良くつくりました。立派でした。

    この人はロシアのストライキでパリへ逃げてたんですね。
    お金持ちだったんですね、一家中が全部フランス語使ってたんですね。
    ロシアの上流階級は昔フランス語使ってたんですね。

    そういう感じですから、あのエイゼンシュテインの一家もパリに移ったんですね。
    パリでこの人は育ったんですね。だからなんか映画にそういう何かがあるんですね芸術性が。ロシアでない、芸術性があるんですね。
    で、この人が『イワン雷帝』いうの作ったんですね、それから後。

    さあ、そのクラッシック、そのロシアいう国の雷帝、『イワン雷帝』のクラッシック、凄いね、大歌舞伎ですね。イワン雷帝の即位式に二人の若人が、大きな、大きな篭に金貨いっぱい入れて、上からザラザラザラっと金貨の雨をその王子にかけるんですね。
    そのあたりのクラッシックはすごく日本の歌舞伎みたいだな、思って調べたらエイゼンシュテインは日本が好きで、日本語勉強して歌舞伎観たいと思った事があるんですね、行かずじまいだけど。

    という訳で、『イワン雷帝』はまるで歌舞伎でしたね。エイゼンシュテインはいろいろつくって、みんなびっくりでしたけど、しまいにはメキシコ行って『メキシコ万才』つくりましたけど、このメキシコがまた凄いんだねえ。
    メキシコの景色、風景、もう本当の映画美術でしたね。

    エイゼンシュテインはルノアールと共に有名な有名な、感覚、目でみせる美術の芸術家でしたね。
    この人を私はただただロシアの革命の監督と思ったら、大間違い。
    もう映画の魂ですね、それ持ってたんですね。

    そういう訳で、セルゲイ・エイゼンシュテイン、それをまず勉強なさるにはポチョムキンですね。これが代表作品ですね。

    【解説:淀川長治】