大地のうた
  • 原題:PATHER PANCHALI
  • 監督:サタジット・レイ
  • 脚本:
  • キャスト:シュビル・バナージ/カヌ・バナージ

  • 製作年:1955年
  • 製作国:インド
  • サタジット・レイ、インドの監督ですね、カルカッタ生まれのね。
    このサタジット・レイの『大地のうた』、これを最初観た時にびっくりしましたね、奇麗なので。映画の詩人ですね、これだけの作品つくる人いませんね。日本と似てますけど非常にインド的ですね。

    オプーという子供がいたんですね。お父さんは教育家でお金あんまりないんですね。お母さんもお父さんもお金がない、貧乏なんですね。
    で、オプーにはお姉さんがいたんですね。お姉さんと夏に蓮池のあるとこ行って遊ぶんですね。その蓮池が奇麗ですねー。広い大きな蓮池に蓮の葉がいっぱいあるんですね。

    そこを商人が走っていくんですね。どうして走って行くんだろかと思ったら、ポタッ、ポタッ、ポタッと雨が降ってきたんですね。それで傘をさしたんですね。で、全部の蓮の葉が、さーーっと裏返ったんですね。あのあたり凄いですね、奇麗なんですね、キャメラがね。

    そうして、ザーーッと雨になった、その景色の奇麗な事。
    お姉さんは雨が好きだから、表へ出て行って雨の中でダンスを踊ったんですね、インドのダンスを。そこらがいいんですね、長い首をくりくりーっと動かして、踊ったんですね。

    「さあ、お姉さん、風邪ひくよ」そう言って一緒に帰ったんですけど、お姉さん、それがもとで風邪ひいて死んじゃうんですね。
    そのあたりの姉弟のもつれあいが、とってもいいんですね。しょっちゅうお姉さんと、もつれあってるんですね。

    お姉さんと二人ですすきの野原、そこをずーっと歩くところも凄いですね。もうすすきがね、その姉弟を隠すぐらいに長くのびてるんですね、もう銀の海ですね。
    そのすすきの中を、ずーっと二人行くと、むこうから汽車が来て、二人が「汽車だよ、汽車だよ」と言って、むこうから黒い汽車がすーっと走るあたり、もう銀の海のようなすすきと、子供二人と機関車、それがいいんですなあ。
    見事な映画の感覚ですね。汽車が走っていく、喜ぶ子供達。

    そういう風にその姉弟が、とっても仲良かった。お姉さんが死んじゃう、その死んじゃったとこが、いいねえ。お姉さんが死んでしまった。お姉さんもういない、ベッドからもいなくなった。もうお姉さんいないんだねえ、と思ったと。

    お姉さんはあんまり金持ちでないから、お金持ちのうちの首飾りを盗んでたんですね、それをずっと隠してたんですね。
    弟はそれ、ちょっと知ってたんですね。お姉さんが首飾りを盗ったいう事を。
    家の者、だれも知らなかったですね。事件が起っても、弟はそれを隠してたんですね。
    ところがお姉さんが亡くなった。ひょっとしたらお姉さん、あれどこかに置いてるだろうか、そう思ってあっちこっち探したら、お碗の一つの中に首飾りあったんですね。

    「お姉さん、やっぱり盗んどったねえ、けど言わないよ」言ってその首飾り、どこかに捨てちゃうのね、それ黙ってるのね。
    ところがあくる日見たらお碗の中のから、蜘蛛が一匹すうーっと走って行ったのね。もうちゃんと代わりが入ってるな思って、そういうところがいかにもインドらしいんですね。

    そうしてこの一家が、お姉さん亡くなって、お父さんとお母さんとオプーだけになった。オプー連れて「もうここじゃ暮らせないな、カルカッタのどこかに行こうかな、ガンジスの川方へ行こうかな」言って、みんなが荷物をまるめて出て行くとこで、第一部終りますね。

    その第一部が終わるところ、お父さんお母さんと、そのお爺ちゃんお婆ちゃんも、みんな住んでた家をあけて行くところ、大きな家じゃないんですね、小さな家、それをあけて行くところ、荷物を積んで、ずーっと出て行くとこの最後は凄いねえ。
    一家がもう何年も、何年も、何年も、住んでいた家をあけてずーっと行くところ、オプーも一緒に行くところ、家があくんですね。で、キャメラひくんですね。

    あ、これで終わったなと思ってると、その空き家に手元の草むらから一匹の蛇がにょろにょろ、にょろにょろ出て来て蛇がそのオプーの部屋の中に入って行くんですね。
    それ見た時に「ああ、よかったなあ、インドの映画だなあ」思いましたね。
    生きとし生ける者、お父さん、お母さん、オプーがいなくなったその空き家に「今度は私がそこへ住みますよ」って蛇が入って行く感じね。そのあたりのラストシーンなんか凄かったね。

    【解説:淀川長治】