THE THIRD MAN

第三の男

原題: THE THIRD MAN
監督: キャロル・リード
キャスト: オーソン・ウェルズ/アリダ・ヴァリ
製作年: 1949年
製作国: イギリス
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『第三の男』、The Third Man、これは見事なキャロル・リードの名作ですね。

で、これは私は観てあまり立派なので驚きました、と同時に少し憎らしくなった。
本当に映画の教科書ですね。脚本もキャメラも監督自身も、見事なキャロル・リードの感覚が出てワンカットも無駄でない、見事な映画自身の教科書、そう思いました。
だからこれに私は惚れ込んだけれども、ちょっときらいでした。ゆとりがないぐらい奇麗だった、見事だったからですね。

ジョセフ・コットン、アメリカの探偵作家、それがハリー・ライムという....オーソン・ウェルズが扮してます、それに呼ばれたんですね、ウィーンに。
で、行ったんですね、来てくれいうので。
そっから始まるんですけど、その話がうまいんですね。この脚色がいいんですね。

行くとハリー・ライム、オーソン・ウェルズの扮してる、このハリーという男のお葬式から始まるんですね。でも実は死んでないんですね、死んでなかったんですね。

どうして死んでなかったか、どうして死んだ様にしたか、それを誰がみてお葬式したか、いうところからだんだん謎に入っていくんですけど、ハリー・ライムが実は麻薬の売買なんかやってる注目の男だったんですね。
そういう事をこの友達が知って、悲しくなりながらも、ずーっと応援したりするんですけど、見所はこのいかにもキャロル・リードの撮るウィーンの街ですね。

第二次世界大戦いうか、その後の崩れかけたウィーンの街が凄いですね。
キャメラがもうあらゆる意味で凄いんですね。
暗い中からハリー・ライムが出て来るあたり、オーソン・ウェルズ、凄いですね。
オーソン・ウェルズ、ジョセフ・コットン、監督がキャロル・リード....もう名作とはこれですね。
そういう訳であんまり立派なので、私好きだけど嫌いだったんですね。

あんまり見事だった。けどこれ、最後の最後の方でこの本当にハリー・ライムは死にました、お葬式になりました。
けどずっとずっと、最初から悪人とは知りながら、ずっとずっと愛をささやいていたのが、アリダ・ヴァリですね。アリダ・ヴァリのこの女がまたいいですね、見事ですね。
アリダ・ヴァリが最後まで、オーソン・ウェルズを悪と知りながら愛したんですね。愛し続けたんですね。

ところが、そのハリー・ライムの友達のアメリカの小説家、ジョセフ・コットン、これがやっぱりアリダ・ヴァリの美しさにまいっちゃったんですね。
あの愛の一念の見事さに、そうしてひょっとしたら僕も、あの女と結婚したいなあと思ったんですね。

最後、アリダ・ヴァリがもうハリー・ライムが本当に死んだ事を知って、秋の葉、並木の葉がパラパラ、パラパラ、パラパラ散るところで、向こうからまっすぐに来るんですね。

それをすぐ横の方でジープで待っていたのがアメリカの作家ですね。ジョセフ・コットンですね。
ひょっとしたら、こちら向いてくれたら、おれは口説いてアメリカに連れて行くと思って待ってたんですね。

もう一人になったから、未亡人になったから、そう思って待ってると、アリダ・ヴァリのこの彼女はずっとずっと、死んでもハリー・ライムを私の心から離しません、というので、まっすぐまっすぐ、こっち来るんですね。
まっすぐ来て、横の方に道わきでジョセフ・コットンが居るのも見ないで、無視してまっすぐこっちへ来るところで終わりますね。

見事なキャロル・リードのこのラストシーンに私はあっけにとられたほど、映画の美しさ、本当の映画の美しさ、映画の心をこんなに観せたのに感謝しました。『第三の男』は、そのぐらいの名作でした。

アリダ・ヴァリ、あの名女優がこれに出ている事、ジョセフ・コットンがこれに出ている事、そうしてオーソン・ウェルズ、あの有名な監督がこれに出ている事、しかも監督がキャロル・リード。この作品が本当の映画の教科書だいうことで、私惚れ込みながらも、あんまりにも隙がない奇麗さに、ちょっと嫌気がさしたぐらいの、これは名作です。

いまでも『第三の男』いいますと、映画の歴史のなかで、イギリス映画の歴史の中で、キャロル・リードの歴史の中で、これはナンバーワンになりますね。最高作品ですね。
もしもこれ、今始めてご覧になる方があったら、どんなに驚かれるでしょう。
映画は美しい、映画は心を本当に表現するもんだいうことがおわかりになると思います。『第三の男』、怖い映画ですよ。

【解説:淀川長治】