THE LAST TIME I SAW PARIS

雨の朝パリに死す

原題: THE LAST TIME I SAW PARIS
監督: リチャード・ブルックス
キャスト: エリザベス・テイラー/バン・ジョンソン
製作年: 1954年
製作国: アメリカ
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『雨の朝パリに死す』、私、この題名が好きなんですね、いかにもいい題名ですね。
第二次大戦中の、いかにもデカダンス、なんだかしら希望がなくて相当常識外れが多かった時代ですね。

で、アメリカもそれに染まりましたね、そういう時代ですね。
で、この映画はそういう時代の、つまり生活に疲れて、生活に飽き飽きするような時代、もうそういう生活に希望はない、そういう頃のなんとも知れん、荒れた人生、荒れた感覚持ってる時代の怖い話ですね。

で、リチャード・ブルックスが監督ですね。
リチャード・ブルックスは、もう『熱いトタン屋根の猫』ですか、あれ、いろんな難しい、難しい映画、どんどん撮ってる監督がこれ監督しました。
だから、これご覧になったら、本当にこの監督の感覚が見事に出てることと、リズ・テイラーがこんな映画に出たのかいうのでみなさん驚かれると思います。

どういう映画かいいますと、片っぽのだんなの方は、ヴァン・ジョンソン、これは、小説作家なんですね。作家で原稿書いてるんだけど、嫁さんのリズ・テイラーの方は奇麗な奇麗なきもの着て、赤いきもの着て、もういっつもパーティー行ってね、キャーっと遊んで朝帰りなんですね。

だんなはそれ許してるけど、考えたら随分勝手な話なんですね。もう、遊び廻ってるんですね奥さんは。けどそういう時代なんですね。
そういう時代の、デカダンスのそういう荒っぽい感覚の時代なんですね。
それをリズ・テイラーが、その嫁さんになって演ってるんですね。

そうして、いっつも原稿書いているのにいなくなる、そして朝になって帰って来たりする。
で、あんまりだ言うのである時、帰ってきても戸を開けなかったんですね、勝手にしたらいいわと思って....静かになったんですね。
その日、雨が降ってたんですね。雪まじりの雨ですね、寒い日ですね。

でこの映画でリズ・テイラーと、ヴァン・ジョンソン、この二人のいかにも合わない感覚ですね、リズ・テイラーと、ヴァン・ジョンソン。
ヴァン・ジョンソン、野暮ったらしい感覚ですね。リズ・テイラー、いかにも遊び女の感じですね、奇麗な服着て奇麗な顔してますね。それが合わないんですね。

けれども、このもっさりした感じのヴァン・ジョンソンの作家もやっぱり心から、心から愛してるんですね。
で、二人が抱き合って接吻するところで、僕はびっくりしたんですね。今までの映画で始めて観た接吻ですね。
今までの映画は全部唇をチュっと合わすだけたったのに、この映画観てますと、ヴァン・ジョンソンは口開けたんですね。口開けて接吻したんですね。
映画の歴史で始めての接吻、ですね。

こんな映画のなかの接吻は生まれて始めてですね。よくもこんな場面作りましたね、やっぱりこの監督ですね、リチャード・ブルックスですね。
この監督の、いかにも生々しい監督の感じが、リズ・テイラーとヴァン・ジョンソンにも出ているんですね。
そいうところもおもしろかったですけども、なにしろパリの『雨の朝パリに死す』、その感傷、悲しい感傷がこの二人の、派手な女ともっさりした男の対称でよく出てるんですね。

という訳で、この映画は今ご覧になっても、この時代の第二次大戦時代の頃の人間の生き方、もうなんとも知れん放埒な人間が、たくさんたくさん出てきた頃、モダン、モダンと言えないモダン、その時代の感覚がよく出てるんですね。

で、リズ・テイラーがやっぱりただの美人じゃないんですね。
こういう役に出て、ちゃんと演技してるんですね。見事な女の感覚出してるんですね。
そういう意味でリズ・テイラーが、例えば『熱いトタン屋根の猫』にしろ、あるいは『バージニア・ウルフなんか怖くない』、こういう映画でも、リズ・テイラーはただの美人女優じゃないんですね、演技派なんですね。それがこの『雨の朝パリに死す』でも、ちゃんと出てるんですね。

そういう意味でリズ・テイラーは、私はただの美人女優と言えないですね。やっぱりひとつ考え方を持っていて、映画女優として立派だな、という感じがしますね。
で、この映画はそういう意味でも、若き日のリズ・テイラー、これを私は認めますね。
この映画は今ご覧になったら、こんな映画をアメリカがつくったのか思うぐらいしみじみした小説的映画ですよ。

【解説:淀川長治】