MR. JEKYLL AND MR. HYDE

ジキル博士とハイド氏

原題: MR. JEKYLL AND MR. HYDE
監督: ルーベン・マムーリアン
キャスト: フレデリック・マーチ/ミリアム・ホプキンス
製作年: 1932年
製作国: アメリカ

はい、ロバート・スティーブンスン原作の、『ジキルとハイド』。これは、もうはやくから評判な小説で、もうみんなが愛読しましたね。怖い、怖い、スリル、サスペンスですね。
これを活動写真が、もう始めからこれに喰らいつきました。

なぜ喰らいついたかと言いますと、ジキルという立派な、立派な、博士、それが自分でつくった薬、それ飲んだら、だんだん、だんだん顔が変ってきて悪い、悪い男になるんですね。
そしてその薬をまた飲むと、元の立派な博士になるんですね、そういうアイデアの映画。

けど原作者は、人間の中にはみんなそんなのがある、奇麗な人、たとえば岡田さんとか、小林さんとか、いろんな方があって立派な人でも、時々夜中になったら悪い、悪い男になったりする。人間はみんなそんなもの持ってる。それをうまーく利用したんですね。

それで活動写真の初期に、もう『ジキルとハイド』は映画になりました。それからサイレントの時に、ジョン・バリモア、これがジキルとハイドになりまして怖かったなあ。
そして、一人のね、怖いね、怖い目の女がいるんです。酒場の女、それをニタ・ナルディが演ったんですね、これが良かった。

ところが、どんどん、どんどん、後に、映画がトーキーになりました。で、パラマウントは、どうしようか、むつかしいな思った時に、ルーベン・マムーリアンという有名な、有名な監督がいました。『ポギーとベス』、舞台で有名なあの舞台劇をやった人です。
ルーベン・マムーリアン、これを呼んで『ジキルとハイド』をつくりました。
さあそれ、良かったなあ。フレデリック・マーチという名優が『ジキルとハイド』になるんですね。そうしてそのハイドに苛められる、かわいそうな女、それをミリアム・ホプキンスが演るんですね、この役がいいんだねえ。

という訳で、この博士が立派なフレデリック・マーチ、上品な、上品な、男優が薬飲むと、どんどん、どんどん、顔が変ってくるんですね。知らぬ間に、こう顔が、相が崩れてくるんですね。ぞーっとするんですね。

そしてそういう時に、このハイドは酒場へ行って女探すんですね。どうして探したかいうと、真面目な、真面目な博士が無理に酒場へ連れて行く、いうような時に、むこうの方で博士を誘惑する女がいるんですね。それがミリアム・ホプキンスが演りましたが、このベッドから足をプラーン、プラーンと振るんですね。
「あんた、おいでよ、おいでよ、おまえ、おいでよ」いう顔をするんですね。それがこの真面目な、真面目な博士の脳裏に入っちゃってるんです。
「怖い女だな、やな女だな、けど奇麗な、奇麗な」。

それがこのハイドになったら、もうどんどん夢中になって、そこへ行って、その女捕まえて来るんですね。その酒場で、そうして「おまえか、おまえか、おまえがあの女か」。女はびっくりするんですね。しかももう背中に、もう、指の跡をいっぱいつけて。もう体中、体中、つねりあるいて傷だらけにするんですね。

ミリアム・ホプキンスのこの酒場の女が、怖くて、怖くて、震え上がってハイドが来たら逃げ回るんですね、あんまりハイドにいじめられるから。
とうとう情けなくて死にそうになったんで、この人、「どうか私を助けて下さい」と言って、ジキル博士に頼みに行くとこ、あるんですね。ジキルがハイドになると思わないんですね。

「ジキルさん、ジキルさん、私の背中見て下さい。こんなに傷があるんですよ、怖い、怖い男がいて私をいじめるんです。」言うところが凄かったなあ。
ジキル博士は、ぞっとするんですねえ。自分が、自分がやったんだから、という風な場面がルーベン・マムーリアン監督だから、見事なんですね。
で、ミリアム・ホプキンス、フレデリック・マーチ、この演技がいいんですね。

という訳で、『ジキルとハイド』は有名でした。後にどんどん、どんどん、再映画化、再映画化されて今だに上映されますねえ。
最近ではジキル博士、あのジキル博士の女中さんの映画も出てきましたね。

という訳で、どんどん出てきますけど、残酷と美とそれを一緒に持って来て、しかも人間の一番弱いところ、人間の持ってる、みんなが持ってる弱いところ、男の弱いところ、それを見事に映画にしてるので、『ジキルとハイド』は、今だに死なない、名作ですね。

【解説:淀川長治】